1997年

上海の釣り 1 

上海には2つの河が流れている。黄浦江と蘇州河である。黄浦江は長江に連なる重 要な上海の足として、その役割を果たし、今もなを街を支えている。上海は黄浦江 という外との交易の道があったお陰で発展できたのである。黄浦江が外部とのパイ プとすれば、蘇州河は内部のパイプ役を努めている。今でも両岸にはジャンク船や 運搬船などがビッシリ並び、交通量も多い。この両河は、かのガーデン・ブリッジ のすぐ下流で合流するが、源も近い。 

上海市から汽車で1時間あまりで蘇州市に着く。蘇州市は広大な太湖に面した風光 明媚な運河の街で、昔から”魚米之郷”と呼ばれるほど、米や魚が取れたところで ある。蘇州河はこの蘇州市と呉江市の中間にあたる太湖の出口をその源にして上海 市に流れ込む。しかし、現在の蘇州河を見て、魚がいると思う人は皆無だろう。ゆ ったり流れる蘇州河はもはや水の面影もないほど、黒く濁って、悪匂を放つドブ川 となってしまっている。蘇州河に面したマンションの住人に聞いたところ、上海の 疎界時代が終ってしばらくは時々釣りをする人の姿を見かけたけれど、あまりいな かったというから、この川の汚れは結構年期が入っているのかもしれない。 一方、黄浦江は上海市と太湖の中間にある淀山湖を源にしている。太湖と淀山湖 は途中幾つもの湖を介し細く結ばれているから、兄弟のような間と思えなくもない 。上海市を流れる黄浦江は長江の影響をまともに受け、黄濁色で透明度はない。外 灘あたりに魚がいるのかいないのか、今度試してみたいと思っている。 

上海市内で釣りをするとすればさしあたり公園にいくしかない。実際には公園内の 池での釣りは禁止されているのだが、さほど目くじらをたてて取り締まってはいな いようである。魯迅公園などで若い人も釣りを楽しんでいる姿をみかける。釣り堀 もあるらしいがまだ確認はしていない。

今年正月、上海で釣りをしようと思いたった。気候はほとんど東京と同じだから 、案内人はなくても間違えて寒ブナの一匹ぐらいは釣れるかもしれないと期待した のだ。まさか禁を犯して公園で釣るわけにもいかないから、上海市に近くて最も可 能性のある場所を選び、黄浦江上流淀山湖と決めた。しかし、湖の釣りは湖の地形 を知っていても難しい。まして初めて行って釣れる訳がない。だから、最終地を淀 山湖としても、途中で水路を見つけて釣るほうに主眼をおくことにした。地図をみ ると水路はいくらでもある。こちらが駄目ならあちらがある。八捜飛びのように渡 り歩く。これなら冬とはいえなんとかボウズは免れるかもしれない。 竿は4m50のヘラ竿とコイを狙っての投げ竿兼用のルアーを用意。エサはこれまで の経験から現地の聞き込みが一番。そこは臨機応変に対応できなければならない。 期待は膨らむばかりである。 

ここで淀山湖に決めたもう一つの理由を告白する。数年前ある知り合いからトビ ッキリの上海美人を紹介されたことがあって、彼女の出身地が青浦市というところ だった。彼女いわく、青浦は菜の花が咲き、緑の豊かな牧歌的なイイところだと。 残念ながら彼女は独身ではなかったのだが、その話しから私は青浦で釣りが出来る と確信したのである。

牧歌的な風景と美人。それに淀山湖は紅楼夢の舞台ではない か。上海、青浦、淀山湖を結ぶこのルート。まったく釣り師はスケベであると、我 ながらあきれながら、満足して選定したのだ。

上海の釣り 2

1月6日昨夜の雨も上がり、雲は多いながらも晴れる。寒いが、平均気温だろう。ホ テルの近くのバス停から青浦行バスに乗る。幸い最後尾の座席が空いていた。上海 のバスはどこでも手を挙げれば乗せてくれるし、降りたいところで合図すれば降ろ してくれると聞いていたが、はたして本当なのかよく分からない。計画ではタクシ ーを一日借りきって行こうと思っていたのだが、物価がだいぶ高騰しているのでタ クシーも高く付くだろうし、ボラレるのも腹が立からとおもいバスしたのだが、中 国語の判らない身とあって、不安このうえない。 

青浦市は上海国際空港を挟んで外灘と反対方向になる。数年前、蘇州まで汽車で 行ったことがある。上海駅を出てしばらく走ると、車窓は延々と続く田園風景とな る。青浦はコースは違うが、蘇州方面だ。その時の田園風景の記憶が蘇る。きっと バスはあれと同じ田園風景のなかを走ることになるのだろう。 バスは空港の脇をかすめ過ぎ、快調に飛ばす。やがて30分経過。もうそろそろ風 景が変わる頃とおもいきや、まだ工場の建物が続いている。青浦までは1時間あまりの行程だからまだ余裕がある。田園風景はキットもうすぐ眼前に広がるはずだ。工 場の間隔も広くなってきたし、遠方には田園もチラホラ見えるようになってきた。 オッ、運河も見える!  ところが、結局青浦市まで工場は続いていたのである。しかも青浦市はマンショ ンが立ち並び、人、人、ひとで溢れ、あの”菜の花が咲き、緑の豊かな牧歌的なイ イところ”の面影は全くない。オレは嘘を云われたのだろうか。否そんなはずはな い、数年前のオレが見た車窓の風景から察しても嘘とは思えない。きっとこの街の 郊外あたりから田園になるのではなかろうか。水は汚かったが、バスからも川や運 河が増えてきたのがわかったのだから。 やはり淀山湖を目指そう。

青浦から淀山湖へ目指し、周荘行のバスに乗る。バスといってもマイクロバスだ 。日本語ガイド本を見るとここから30分とある。現在10:00だから午前中には釣り場に到着するだろう。 バスが街を抜けるとはたして、工場は極端に減ってきた。そして川数や池のよう なものが多くなってきた。これで、人家が途切れ、もう少し水のきれいな川になれ ばそこでまず一投やってみよう。淀山湖まで行き着く前に手頃な河はないものかと 、目はバスの左右をころがり回っていた。そんな状態のままやがて右手に淀山湖ら しき湖が現われてしまった。もうこのあたりの川はあきらめるしかない。

バスの終点の周荘という町は、私の持っているガイド本に載っていなかったので、 はじめて知ったのだが世界文化遺産に登録されたとか、されていないとかいわれる ほど古い町で、町全体が石造りの水郷となっているフォトジェニックな美しい町で ある。中国の時代物映画の背景として、中国のカメラマンなどの被写体としても格 好の撮影地となっていることからも、急速に変わる中国の風景の中でもはや稀少な 地域として位置付けられているのがわかる。しかし、今日は町の観光にきたんじゃ ない。水郷の町を通り抜け、淀山湖の湖畔まで出た。天気は薄曇りになっていた。 そのせいか、湖の先はモヤって対岸が見えない。しかも思っていたよりずっと広い 。ここで無闇に竿を振り回しても釣れるはずがない。

うろうろしていると、遊覧船を兼ねたような3ー4人乗りの漁船が3槽ばかり停泊し ていた。そこから数人の男女がしきりに声を掛けてくる。もとより中国語の分からない私はその言葉を無視して、竿をかざしジェスチャーで釣りをしたいと、乗船の 交渉をはじめた。 私の釣り歩き上海編はこれで終である。結果をいえば今回は竿を一度も出さず帰 ってきたのだ。交渉はうまくいかなかった。寒いから春に来いというのだ。こちら は、釣れないのは承知なのだが、それは通じなかった。彼等の其のとき船に揚がっ ていた魚をのぞくことができた。コイ科のワタカに似た魚で、大きさを揃えてならんでいた。 

初めての釣り場はどこにいっても面白い。そこにたどり着くまでもがわくわくす る。どんな川なのか。どんな魚がいるのか。地元ではどういう釣り方をしているの か。想像をめぐらせて準備して、失敗を繰り返しながら、一匹の魚をあげる。その 一匹の魚を釣るために、何回も、何日もかかたってかまいやしない。一回目の上海 の釣りは失敗だったが、周荘という思わぬ町を知ったことで満足している。

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